OP_RETURNしようぜ!

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OP_RETURN報告

自薦他薦を問わず OP_RETURN記録の報告をして相互に鑑賞致しましょう。手動承認により掲載されないことがありますので御了承下さい。

コメント

“OP_RETURN報告” への156件のフィードバック

  1. admin

    Jose Mujica:Forgive,let go of the past,and stay open to different opinions.

    https://mempool.space/ja/tx/bee7326871ac3027e6fbeb5be58f19228a85e7caab5a0cd04019f48b58a2ac09

    南米ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカさんの金言をOP_RETURNで全世界に発信しました。

    赦しなさい、過去に捕われず、未来のことを考えなさい。そして、異なる意見に常に心を開きなさい。

    このメッセージは、赦しを単なる忘却という意味ではなく、過去の出来事から教訓を汲み取りつつも怨恨に足を絡め取られないという積極的な〈態度〉を勧めています。赦しは、加害や過ちを免罪することではなく、事実と責任を直視したうえで、憎悪の連鎖を断ち切る実践です。過去に囚われ続けると、視野は狭まり、可能性は枯渇します。反対に、未来に視線を上げることは、痛みを否認せず、なお明日をつくる主体として生き直す決意にほかなりません。そして、異なる意見に心を開くことは、自己の確信を相対化し、学びを深め、社会の多様性がもたらす創造力を引き出すための前提条件なのです。

    軍政に対するレジスタンス活動をしていたホセ・ムヒカさんは、政治犯として36歳から49歳までの13年間、過酷な条件下で収容されていました。長期の拘禁は、身体と精神の双方に計り知れない影響を与えます。けれども彼は、屈辱や痛苦の記憶を、そのまま憎悪の燃料にはしませんでした。むしろ、その時間を通じて「人間は何をよりどころに生きるのか」「社会はいかにして憎しみの増殖を止められるのか」という根源的な問いを深めたのだと考えられます。自由を奪われた歳月が、のちの彼の言葉と政治姿勢に重みを与え、単なる美辞麗句ではない実践的な説得力を宿らせました。

    1985年、ようやくウルグアイに民主主義が戻り、彼は釈放されます。釈放直後の最初の演説でムヒカは、次のように語りました。
    “No acompaño el camino del odio, ni aun hacia aquellos que tuvieron bajezas sobre nosotros. El odio no construye.”
    (「私は憎しみの道を歩まない。私たちに卑劣を働いた相手に対してであっても。憎しみは何も築かない。」)
    権力の暴虐にさらされた当事者でありながら、彼は報復の言葉ではなく、建設の言葉を選んだのです。ここで言う「憎しみは何も築かない」は、単なる道徳的理想ではありません。憎悪は判断を曇らせ、反射的な対立を生み、結果として社会の再統合と制度の再建を遅らせます。だからこそ、真実を明らかにし責任を問うプロセスと、長期的な社会の修復を両立させるために、彼は意識して「憎しみの道」を退けたのでしょう。赦しとは、記録と記憶を曖昧にすることではなく、記録と記憶を土台にして未来をつくるために、内なる怨恨の支配から自分を解放する意思なのだ、と。

    また、ムヒカは繰り返し「異なる意見に耳を傾ける」ことの大切さを語ってきました。
    「El diálogo es la más hermosa de las formas que existen para aprender… / Es importante hablar con los que piensan distinto: te ayudan a pensar.」
    (学ぶ最も美しい方法は対話だ/異なる考えの人と話すことは大切だ。彼らはあなたの思考を助けてくれる。)
    この言葉は、対話を単なる意見交換ではなく〈学びの方法〉だと位置づけます。相手の前提や体験に触れることで、自分の思考の盲点があぶり出され、理解の地平が広がるからです。

    彼はさらに、「Donde no hay cultivo de la discrepancia no existe libertad.」(異論を育む場がなければ自由は存在しない)と断言しました。「異論を育む」とは、ただ異論が“ある”ことを黙認するのではなく、異なる見解が安心して提示され、検討され、修正されうる空間を社会が意識的につくることを意味します。寛容は、対立の不在ではなく、対立を創造的に扱う技法なのです。「Hay que pelear por la tolerancia… para poder pensar distinto(異なる考えのために寛容を闘い取るべきだ)」という表現には、寛容を生ぬるい黙認ではなく、民主主義を成立させるために獲得・維持すべき〈公共の筋力〉とみなす視点がにじみます。

    また、彼は「Hay que aprender a convivir con lo que es diferente… El arte de convivir es respetar con lo que uno tiene discrepancia.」
    (異なるものと共に生きることを学ばねばならない/共生の核心は、意見が違う相手を尊重することだ。)と述べました。ここで提示されるのは、単なる我慢の共存ではなく、尊重にもとづく共生です。尊重は、相手の主張に必ず同意することではありません。相手の人間としての尊厳と、議論に参加する権利を認め、そのうえで根拠と理由を持って異議を唱えることです。彼のモットー「nadie es más que nadie(誰も誰より上ではない)」は、この姿勢を簡潔に言い表しています。

    ――
    怒りの感情、憎しみの感情に捕われてしまうと、異なる意見に耳を傾けることが出来なくなってしまう。これは、個人の生活でも、政治や職場、オンライン空間でも同じです。怒りは瞬発力を与えますが、持続可能な解決策を生む思考の余白を奪います。異なる意見は、時に不快で、自己像を揺さぶります。しかし、その不快の中にこそ、思考を助け、自分を成長させる鍵があります。対話を通じて学び続けるとは、相手の論拠を聴き、自分の前提を点検し、合意できる点と留保すべき点を見極め、必要に応じて立場を更新することです。そうして初めて、対立は破壊ではなく熟議へと変わります。

    ムヒカの言葉が教えてくれるのは、世界を良くし、自分を幸福に導く道は、強さの別名としての〈赦し〉、記録と責任に裏打ちされた〈未来志向〉、そして人間の尊厳を基盤とする〈開かれた対話〉の三位一体だということです。赦しは弱さではありません。怒りのエネルギーを未来に投資し直す、勇気の行為です。過去を消すのではなく、過去から学び、記憶を正しく保存し、同じ過ちを繰り返さない制度と文化を育てる。その過程で、異なる意見を歓迎し、論争を恐れず、相互の尊重を手放さない。こうした日々の小さな選択の積み重ねが、個人の幸福を支え、共同体の民主主義を強くします。

    私たちは、いま目の前の議論であれ、社会の大きな課題であれ、次の三つの実践に戻ることができます。第一に、事実と責任を直視しつつ、憎しみの支配を拒む。第二に、過去の傷から学び、制度と信頼を更新する方向にエネルギーを注ぐ。第三に、異なる意見に心を開き、対話を学びの機会として設計する。――それが、ムヒカの生と語りから受け取れる、人類に向けられた確かな羅針盤、そして偉大な遺産なのです。

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